本日は「夜のプロトコル・アカデミー」にご来場くださった方々、誠にありがとうございました。
超大入り満員、立ち見の方などにはご負担をおかけしました。
序説、ということでしたので深いところはまた別のどこかで披露できればよいと思いますが、時間の関係でご紹介できなかったものが、いまはまだ下のURLの動画にありますので、もしご興味がありましたらご覧ください。
おぎやはぎ 「笑うお正月」2009年
http://www.youtube.com/watch?v=mKuFSaA5sOc&feature=related
「ボケ」と「ツッコミ」という対立軸で構成された「お笑いロマン主義」の歴史のなかで、ついにその対立軸を放棄した、「お笑い自然主義」の巨匠(と勝手に私が思っている)、おぎやはぎさんの今年のお正月のネタです。
もはやここには「ボケ」も「ツッコミ」もありません。
漫才とは、二人の立ち話、雑談。その原理に忠実な、まさに秋田實が生きていたら「これが漫才だ」といいそうな、どこか原始的、それでいて新しい、「おぎやはぎ」が「おぎやはぎ」であるからこそできるネタです。
ボケとかツッコミとかといわれるもの、それはこういった立ち話のなかで、より「精度を高める」ために生まれた技術であり、ボケるため、ツッコむために生まれたものはありません。
「ボケ」のためのボケであったり、「ツッコミ」のためのツッコミであるものは、それはそれで流通する「お笑い」にはなくてはならないものかもしれませんが、こういった漫才の形があることを忘れてはいけません。
おもしろいおしゃべりであればいいのです。それが私の漫才観。
このネタは数あるおぎやはぎのネタのなかでも、一番高度で、それでいて作為もなにも感じさせない、もしかしたらネタでもなんでもなく、雑談なのではないかと思われてしまうほどの、お笑い自然主義の最高到達点(2009年現在)といえるネタであると思います。
文学でいえば志賀直哉ばりの。衝撃的です。
ものすごいところにいる人たちです。普通はこんなネタやる勇気のある芸人はいません。
もうお笑いロマン主義に飽ききっているようにさえ思える。
ボケとツッコミ、愚かとマトモの対立軸、というお笑い観では絶対に測れない、お笑いの深遠を感じさせるネタ(褒め過ぎでしょうか?)です。
おぎやはぎさん(いまさら「さん」付け)は、私のなかではいまだに進化を続けています。
これを超えるネタが、来年も見られるのでしょうか? 楽しみです。
このネタを言語的に、学術的に説明できたとしたら、お笑いのほとんどは説明できるとさえ思っております。
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